【FOLDING BIKES TRIP】

◇easy going everywhere slow ride style◇ 折りたたみ小径車・クロモリロードバイクでの走行記と日々の三文雑記。

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■1982・あの17歳の夏「信州ランドナー旅」  

P1420680(HD).jpg

この夏は栄村を自転車で走ったのですが

31年前の17歳(高二)の時に栄村まで走ったのが

初めての泊りがけのソロツーリングでした。

走ったルート等記憶はすっかりおぼろげですが

この便利な「ルートラボ」でちょっと再現して

みました。


すべてに未熟者な17歳の夏の自転車旅でした。






夏休みが始まった7月下旬にすぐ出発したはずです。

当時の愛車は近所の新検見川のサイクルショップ「ミズタニ」の緑色の
ランドナーフレームに友人から安く譲ってもらったブリジストン・ユーラシア
のパーツを移植。

実は5月ごろ通学途中でおばさんと衝突しユーラシアのトップチューブが曲がって
しまうというアクシデントに遭遇し、やむなくフレームを購入。

金もない高校生には痛い出費でした。


■一日目1982年(昭和57年)の7月の某日。



稲毛の自宅を早朝4時頃にスタートしひたすら車の多い16号や17号を北上。

バカですね。安全な路のコース取りやツーリング術が全くなかったのです。

地図を持参した記憶もおぼろげです。道路標識を見ればだいたい方向は
わかるという地理には自信過剰なところがあったはずです。

はじめての長旅の疲れと暑さで高崎からの登りは堪えました。

横川ですっかり陽が暮れて「峠の釜めし」を食べて駅舎で寝袋で野宿。
このルートですとだいたい180㌔くらい走ったことになります。




■二日目

朝の通勤客の人の気配で目が覚めました。

(この時の経験からその後もよくバイクツーリングで
 駅で野宿が癖になりました)

碓氷峠旧道を登り軽井沢からもまた延々と登り、

一旦浅間山を横目に下ってまた草津へ登りと
ほとんど押していたはずですが途中にわか雨
にもあって(雨具は持っていたのか記憶なし)
遂に草津温泉の観光案内所でペンションを紹介
してもらってもう食事もそこそこに眠りにつき
ました。

この日が一番へばった覚えがあります。

印旛沼周辺や九十九里へ走ったり練習はして
いましたがいかんせん登りの経験がなかったので
はじめての過酷な山岳地のサイクリングに
打ちのめされました。





■三日目

はたしてどういう行程で考えていたのか?
宿泊ポイントも行き当たりばったりだったような・・。

この日は疲れもたまっていながら渋峠を目指して
朝からまた延々と登り。

山頂付近はガスがかかっていましたがその後志賀高原
まで豪快な下りを満喫。
あの爽快感は今でも忘れません。


中野から飯山を経由してあとは見慣れた千曲川沿い
を走って夕方無事に母方の実家栄村に到着。
祖母が二階の屋根で洗濯物を取り込んでおり、
「婆ちゃんついたよ!」と声をかけると
たいそうたまげて屋根から落ちそうでした。

■----------------------------------------■

【装備など】

格好はTシャツに野球帽、短パンだったはずです。

当時サイクルウェア等は市販品ではなかったはずで

みんなこんな感じでサイクリングしていたのでは

ないでしょうか。

靴は運動靴(スニーカーなんて言葉は大学に入って知ります)

のつもりでしたが直前に中学時代に部活で履いていた

野球のスパイクの金具を外したものがソールが硬くて

なかなかいいもんだということでコレにしました。

ペダルはトゥクリップ。

このスパイクはイージーな判断で失敗でした。

坂道の押しで路面に滑る。ダートでは歩き難いし・・・。

荷物はブリジストンのナイロンのフロントバックに。

千葉のダイエーで購入した非常時用の安い寝袋は

サドルにゴムひもで装着。

■------------------------------------------■

【数日ゆっくりして帰路です】

■復路1日目




帰りは上越ルートです。

津南から国道353号線を清津川沿いに登ってゆき

ます。清津峡との分岐あたりからダート路でした。

十二峠まで暑い中当時はほとんど車の往来もなく

塩沢石内までの下りも酷暑の中、ずっと歩きました。

長野の北信と違って田中角栄の越山会の土建工事の勢力で

当時もとにかく新潟は路も良く、冬の除雪も行き届き隣の県で

こうも違うかと思ったものです。

それでも1980年頃はまだダート道だったのですね。

さてこの日の難所は三国峠です。

塩沢からまた延々と登り、苗場スキー場を横目に

ダイナモのランプをつけて三国トンネルは恐々と

通過。

峠を越えた安堵感からいよいよ疲労困憊となり

「もう走れん」とたしか水上あたりの素泊まりOKの

宿にまだ日も高いうちに入りました。


食欲もなかったので風呂で汗を流して夕方から早々と爆睡。


■復路2日目



群馬水上からの帰路。

この日こそどんなルートをたどったのか記憶がありません。

行きの国道17号が車が多くで難儀したので

幹線国道は避けたはずです。

利根川沿いとか通ったような・・

なんとか日のあるうちに無事に千葉の自宅に

帰還できました。

日焼けで真っ黒になり、この後は達成感と虚無感も入りまじり

普段に更に輪をかけてぼーっと過ごした高二の夏でした。


■5日間で600㌔以上、獲得標高も5700m位(ほとんど押しながら)
まあよく走ったものです。



このあと高三に大学すべて滑り浪人時代を経て

原付バイク⇒車の免許取得、中型バイク購入と

まったく自転車とは縁がなくなりました。




























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  1. 2013/08/30(金) 20:56:58|
  2. サイクリング
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

良き高校時代の思い出ですね。冒険旅行といってよいですね。私も高校のとき富士のサイクリング車で通学していましたが、片道15分、上町台地の上にある高校まで、坂を登ったものです。冒険心が無かったのか、市内から出たことはありませんでした。剣道部に入っていましたから、休み中は稽古や合宿だったかもしれません。この記事を読むとdadashinさんが持つ自転車分野の資質の一端が垣間見えますね。
  1. 2013/09/21(土) 06:16:10 |
  2. URL |
  3. kincyan #mYbggkm6
  4. [ 編集 ]

kincyanさん、駄文お読みいただきましてありがとうございます。
振り返るとけっこう無謀な旅でした。いまだに自転車に乗っているということは
いい趣味に巡り合えたということでしょうね。富士の自転車は友人も乗っていました。あのころは完成車メーカーの全盛期でみなドロップハンドル車に憧れていたと思います。
  1. 2013/09/22(日) 08:53:38 |
  2. URL |
  3. dadashin #-
  4. [ 編集 ]

*⑤こんばんは*

初日に180キロって(驚)
若くて自信過剰でもある意味すばらしいですよねー。
夏の暑い日だったでしょうし休憩もコンビニってあったかしら?
どうされたのかが気になるんですけど(笑)
駅の野宿もひとりで怖そうです...。

栄村のおばあさまのおうちまで登って下って着いた時は
本当に達成感というか感動というか疲労というか(笑)
なんともいえない気持ちが交差していたのではないかなーと思いました。

5日間で600キロ...。
よく頑張ったねってアノ頃のdadashinくんを褒めてあげたいですよ~。

...もう一度挑戦しますか(笑)
では。
  1. 2013/09/26(木) 20:26:40 |
  2. URL |
  3. かえるるるるん。 #2S/7VLnU
  4. [ 編集 ]

⑥こんにちは
もう記憶もぼんやりなのですがよくまあアホのように
走っていたと思います。
コンビニなんてなかったので乾物屋とかの軒先で
涼んでいたのだろうと思います。
もうこんなこと二度とできませんよ。
  1. 2013/09/28(土) 06:02:40 |
  2. URL |
  3. dadashin #-
  4. [ 編集 ]

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